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「掛軸 丸山晩霞」
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掛軸 丸山晩霞

丸山晩霞

丸山晩霞は、繊細な筆遣いと情緒的で風情のある水彩画を得意とした、画家の1人です。厳密な写実力だけでなく、敢えて水彩画という技法を使い分け独特の世界観を生み出した、日本を代表すべき人物の1人であると言われています。さて、そんな丸山晩霞なのですが、1867年に信濃国小県郡祢津村に生まれています。彼が絵画に目覚めのが、横浜へ往復した時の父が持ち帰った土産の錦絵だと言います。この絵に見せられた丸山晩霞は、13歳という若さで画家を志し、山ノ内町の南画家児玉果亭に師事をするのです。そして、より本格的に絵画を学ぶ為に上京。神田錦町の勧画学舎で研鑽を積むこととなっています。そして、その卒業後は帰郷し、学校の教員をしながら油絵などの制作を続けていきました。さて、安定した生活もありながらも、画家の世界を諦めきれなかった丸山晩霞は、本多錦吉郎の彰技堂に入門を果たします。内国勧業博覧会に出品をするまでとなりますが、翌年には門下が、閉鎖されてしまい、またも帰郷します。様々な問題にうやむやを抱えながらも、日々絵画への気持ちが募っていった丸山晩霞は、ある日、吉田博と出会うことになります。繊細な水彩画を描いていた吉田とは、すぐに意気投合し、生涯の盟友となります。それ以来、目覚めた丸山晩霞は仏などを描いたり、欧州を絵画で巡礼したりと、精力的に活動を続けていきます。また、丸山晩霞といえば小説「水彩画家」としてのモデル問題が有名です。世間をにぎわしました。そして、画家として熟成を重ねて行く丸山晩霞は、最終的にモチーフとして高山植物などを描くことになります。シャクナゲやハイマツ、コマクサなど数々の美を独特の筆遣いと構図、そして妖艶な色使いで描いていったのです。また、絵の具自体にもこだわった研究をし、画材資材も全て国産にするなど、こだわった姿を見せていたといいます。そんな、丸山晩霞の作品は掛軸買取においても非常に評価が高く、高価買取になります。自らの芸術を水彩画という繊細で郷土愛溢れるものに選んだ丸山晩霞。様々な人生を経て残したものは、本当の美しさだったのかもしれません。